ケヤキを枯らしたの人の性

枯れてしまったケヤキ(左)

秋たけなわ。あちこちで葉が色づき、美しい季節だ。なぜだか天神山緑地にはケヤキはない。天神山から徒歩7分の距離に最寄駅にがある。今日はその森を離れてその話。

駅前のショッピングセンター沿いの街路樹のケヤキが枯れていた。20数年前の開発時に、街道を見通す並木として植えられたものだ。日当たりがいいわけではなく、また、植えマスもとても小さい。その上、雑草避けなのか、土が被覆されている。よく、こんな状態で頑張っていたものだ。

狭い植舛と被覆

その上ここ数年、葉がたくさんある夏に、強剪定を繰り返した。ケヤキの街路樹はムクドリの住みかとなり、騒音と糞を撒き散らすため、枝葉を減らしたのだ。結果はこのとおり。大きな樹木を枯らすことになってしまった。なんという愚かな結末。ここは美しい景観を作るために電柱を設けず、街路樹と建物が調和するように意図したはず。それでもどのくらいの人がケヤキが枯れていることに気がついているのだろう。秋で落葉する寸前と思っている人も少なくないはずだ。

ランドスケープを考慮したはずが…

人が気持ちよく生活するために木を植え、人が楽をするために土を覆い、人が不快にならないために夏に強剪定をし、その結果、苦しい顔を人に見せぬままケヤキは静かに息を引き取った。この後、ほどなく結構なお金を掛けて、道を塞いで木は切り倒され、切り刻んで廃棄物として処理されるのだろう。人間は大変愚かなものだ。それを深く胸に刻んで生きて行こう。

自然共生サイト管理人。樹木医。松戸市在住。羽黒派修験道 山伏先達。

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